著者:夏川草介
おすすめ度:★★★★★
読み終えたあと、静かな勇気が胸に残る一冊。
甥を育てるためにキャリアを捨てた天才医師
京都の地域病院に勤める内科医・雄町哲郎。
とぼけた性格で甘いもの好き。患者の心に寄り添い、治療を行う心優しき医師である。
かつて彼は大学病院に勤務し、凄腕ドクターとして名を知られていた。
しかし、難病を抱えるシングルマザーの妹が闘病の末に病死。一人遺された甥を育てるため、大学を去り、子育てをしながら勤務できる今の病院へと移った。
本書は全4話構成。
患者とそれに寄り添う医療を目指す哲郎の日常を描いた医療小説である。
スピノザと重なる哲郎の信念
本書は、医師として天才的な技巧を持ちながらも、高い思想をもって患者の治療にあたる哲郎の苦悩を描いている。その死生観は哲学的で、生への向き合い方がスピノザの哲学観と重なる。
スピノザ(1632年~1677年)はオランダの哲学者。
神とは世界の外にいる人格的存在ではなく、宇宙(自然)そのものである――いわゆる「神即自然」の考えを提唱した。当時としては急進的すぎる思想であったため、共同体から破門される。
レンズ磨きで生計を立てながら思索を続け、45歳でこの世を去った。
社会的孤立を強いられ、不遇の人生を歩みながらも、スピノザの思想は決して厭世的ではなかった。人の感情や行動を整理し理解する姿勢を貫き、より良い認識へと変えていくという希望的な人間観を生涯持ち続けた。
終末期医療に携わり、患者の声に耳を傾け、整理・理解に努める哲郎の治療に、その思想が重なる。
死という避けようのない病に向き合う医療従事者。
正解のない問いに問われる倫理観。
自らの哲学を持って向き合う哲郎の姿が、静かな勇気を与えてくれる。
まとめ
哲学のレンズを通して医療を見つめる本作。
夏川さんの美しい情景描写とも相まって、読後には心地よさが残る。
考えは示すが答えは示さない哲郎の言動に、その思想の深さがうかがえる。
物語は医療を軸に進行するが、答えのない問いに倫理観を問われるのは、どの職業にも通じる話だろう。
難解な問いに哲学を携えて向き合う哲郎の姿は、どの立場にある人にとっても共感を寄せられる強い光となる。
物語を読みながら、勇気と温かさを与えてくれる。
そんな良書だった。

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