著者:朝井りょう
おすすめ度:★★★★☆
朝井りょうが生殖器視点で描く「生産性」と共同体の物語
朝井りょう『生殖記』は、生殖器を語り手に据えた前代未聞の小説です。
同性愛、共同体、生産性という重いテーマを扱いながら、物語としては驚くほど静かで、ほとんど何も起こりません。
それでもなぜか最後まで読ませてしまう、不思議な読書体験を与えてくれる作品です。
生殖器が語る物語という異色の設定
本作の語り手であり主人公は、同性愛個体の生殖器です。
この生殖器は、さまざまな生物を転生してきた存在で、人間の生殖器を経験するのは今回で二度目。
今回宿っている個体は、家電メーカーに勤めるオス個体・達家尚成。
尚成は幼少期、女性的なふるまいを理由に周囲から疎外され、その経験から自らのセクシャリティを隠しながら生きてきました。
物語は、尚成の日常や内面を、生殖器がその機能や特徴を背景に解説する形で進行していきます。
この距離感のある語りが、かえって尚成の孤独や息苦しさを際立たせています。
『生殖記』はなぜ何も起こらないのに面白いのか
尚成は、自分が周囲に影響を与えないことを強く意識しながら生きています。
他人と深く関わらず、世界に波風を立てず、共同体が求める「拡大・発展・成長」のレールから静かに外れた場所で暮らしている。
そのため物語としては、劇的な事件も転機もほとんどありません。
起承転結のはっきりした物語に慣れていると、拍子抜けするほどです。
それでも不思議と退屈ではない。
生殖器の視点を通して語られる尚成の思考や感情には、ほんのわずかな変化があり、その小さな揺れが妙に気になってしまう。
「なぜ面白いのか分からないのに、面白い」――そんな読後感が残ります。
生産性という言葉がもたらす息苦しさ
本作の根底には、かつて話題になった
「同性愛カップルは生産性がない」
という発言が横たわっています。
生産性がないと見なされることで、拡大や発展に寄与できず、共同体の中で違和感を持たれてしまう。
尚成が感じている生きづらさは、まさにこの価値観の延長線上にあります。
朝井りょうさんは『正欲』でも示していたように、マイノリティに対する想像力が非常に豊かで生々しい作家さん。
『生殖記』ではそれを、生殖器という極端な視点を通して描き切っています。
どうしてこんな発想にたどり着くのか、朝井さんの頭の中を覗いてみたくなるほど。
共同体のレールに乗れない人へ
尚成が「しっくり」を探す過程は、外に向かって何かを成し遂げる物語ではありません。
徹底して内面を見つめる、どこか哲学的な道のりです。
拡大・発展・成長を前提とした共同体の価値観に違和感を覚えている人にとって、この小説は強く響く。
派手なカタルシスはなく、かつ善悪の境目もない。
押しつけがましさがないからこそ、
真に心地よい共同体とは何かを静かに考えさせられる。
まとめ:『生殖記』はこんな人におすすめ
- 朝井りょうの世界観に興味がある
- 同性愛や生産性といったテーマを小説で考えたい
- 善悪の語られない世界で内面描写を楽しみたい
拡大や成長を求められる社会に抱いている違和感を代弁してくれている作品。

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